
日本はなぜ台湾に近づいているのか?高市政権と頼清徳政権に見る「経済安全保障」の共通点と、これからの日台ビジネス |
はじめに――台湾から日本を見ると、少し違った景色が見えてきます |
日本と台湾は、政治制度も人口規模も産業構造も異なります。
しかし、ここ数年の両政府の政策を並べてみると、ある共通点が目立つようになってきました。
それは、
半導体、AI、重要技術、エネルギー、重要資源、サプライチェーン、外国投資、
安全保障
を、別々の政策ではなく「経済安全保障」という一つの大きな枠組みで捉えるようになっていることです。
特に2026年に入り、この傾向は一段と明確になっています。
高市政権は17の戦略分野を掲げ、AI・半導体をはじめ、量子、宇宙、造船、創薬などを対象として、政府による支援と民間投資を組み合わせた「危機管理投資」「成長投資」を進めています。
また、特定国への依存を避けたサプライチェーンの再構築や、同志国との連携を政策課題として明確にしています。
一方、台湾の頼清徳政権も、半導体を単なる輸出産業ではなく、国家発展、経済安全保障、産業エコシステムに関わる基盤として位置付けています。
興味深いのは、台湾政府自身が2026年8月、日本の「17の戦略分野」と台湾の「13の戦略産業」には重なる部分があり、これが今後の日台協力の基礎になり得るとの認識を示したことです。
これは、単なる偶然なのでしょうか。
それとも、日本と台湾が同じ方向へ動かざるを得ない、より大きな環境変化が起きているのでしょうか。
台湾で日本企業のビジネスを支援している立場から見ると、後者の意味合いが非常に大きいと感じます。
1.「日本が台湾を追いかけている」のではありません |
まず、誤解のないようにしておきたいことがあります。
現在の日本と台湾の政策が似てきたからといって、日本が台湾の政策をそのまま模倣しているわけではありません。
むしろ重要なのは、
日本と台湾が、同じような国際環境に直面し、その結果として政策の方向性が近づいている
ということです。
その背景にあるのが、米中競争です。
半導体やAIは、かつては「産業政策」や「企業競争」の問題として捉えられることが一般的でした。
しかし現在では、最先端半導体を誰が製造し、AIの計算能力を誰が確保し、重要部品や鉱物資源をどこから調達し、どの国に生産拠点を置くのかという問題が、国家の安全保障や外交政策と直接結びついています。
米国も2026年1月、先端コンピューティング向け半導体や製造装置について、経済安全保障・国家安全保障を理由とした政策を打ち出しました。
つまり企業にとっても、
「どこで安く作るか」
だけではなく、
「どの国とつながっているのか」
「どの技術を保有しているのか」
「サプライチェーンが特定国に依存していないか」
「その投資が安全保障上どのような意味を持つのか」
まで考える必要が出てきています。
日本も台湾も、この変化への対応を急いでいるのです。
2.実は、両国の「戦略産業」の考え方が非常によく似ています |
2026年、日本では高市政権が17の戦略分野を掲げました。
AI・半導体をはじめ、量子、宇宙、創薬、造船、コンテンツなど、将来の経済成長と安全保障の双方に関係する分野を重点的に支援する政策です。
政府は、単に補助金を出すだけではなく、国内投資、研究開発、人材、海外展開、国際標準化、政府調達、規制改革などを組み合わせ、産業全体を強化しようとしています。
台湾も同じような発想を強めています。
台湾では半導体を中心とするICT産業が経済の重要な柱となっていますが、政府は現在、半導体だけではなく、AI、スマート製造、量子、グリーンエネルギー、バイオなどを含めた産業政策を進めています。
台湾政府は2026年8月の日台半導体科技フォーラムで、日本の17戦略分野と台湾の13戦略産業の重複に言及しました。
さらに、台湾側からは、
台湾は半導体製造・チップ設計・ICT統合に強く、日本は材料・製造装置・精密製造に強い
という、それぞれの強みを組み合わせる考え方も示されています。
これは非常に重要な変化です。
これまでの日台関係では、
「日本企業が台湾企業から調達する」
「台湾企業が日本に工場をつくる」
といった個別企業間の取引が中心でした。
しかし今後は、
「日本と台湾が、重要産業のサプライチェーンそのものを一緒につくる」
という関係へ発展する可能性があります。
実際、台湾政府は、日台企業による共同研究開発について、スマート技術・製造、材料、バイオ、グリーンエネルギー、自動運転などの分野で取り組みを進めています。
3.この変化を象徴するのが「半導体」です |
日台関係を考える上で、半導体は非常に分かりやすい事例です。
台湾にとって半導体は、単なる主要輸出産業ではありません。
現在では、国家の経済競争力、安全保障、外交、エネルギー、インフラ、人材政策までをつなぐ存在になっています。
日本においても、半導体政策の位置付けが大きく変わりました。
高市政権はAIと半導体を17の戦略分野の中核の一つとして位置付け、AIについても、半導体というハードウェアの上で動くソフトウェアとして捉え、日本が持つ製造業・医療・物流などの「現場データ」と組み合わせたフィジカルAIの推進を掲げています。
そして、その象徴ともいえるのが熊本です。
台湾の半導体企業による熊本への投資は、単純な海外工場建設ではありません。
日本の材料、装置、部品、物流、人材、研究開発などと台湾の半導体製造能力を組み合わせることで、新しい産業集積を日本国内につくる動きと見ることができます。
台湾政府もTSMC熊本を日台産業協力の成功事例として取り上げています。
つまり、台湾企業の日本進出は、
「台湾企業が日本に工場をつくる」
という一方向の話ではなく、
日本と台湾の産業基盤を組み合わせる動き
へ変化しつつあります。
4.さらに重要なのが「外国投資」の扱いです |
ここからが、今後の日台ビジネスを考える上で特に注目すべきポイントです。
高市政権は2026年、「対日外国投資委員会」を設置しました。
政府は、外国からの健全な投資については、経営ノウハウ、技術、人材、イノベーションを日本にもたらす重要なものと評価しています。
その一方で、安全保障上重要な企業や技術については、外国資本による投資をより慎重に審査する体制を強化しています。
これは、非常に大きな政策転換です。
これまで外国投資は、
「日本にお金を呼び込む」
という側面から語られることが多くありました。
しかし現在は、
「誰が、どの企業に、どの技術を目的として投資するのか」
という情報そのものが、経済安全保障上の重要な要素になっています。
実は台湾では、すでに外国投資について政府による審査制度が存在しています。
台湾経済部には「投資審議司」が置かれ、外国投資、中国大陸への投資、台湾企業の対外投資などを扱っています。
また、外国投資審査制度について国際的な制度研究や情報交換も担当しています。
もちろん、日本の「対日外国投資委員会」と台湾の投資審査制度が同一という意味ではありません。
制度も目的も、それぞれの国・地域の事情に合わせて設計されています。
しかし、
「投資を単なる資金移動ではなく、経済安全保障上の重要情報として扱う」
という方向性には、明らかな共通点があります。
5.これから日台の「投資情報」はさらに重要になる可能性があります |
ここで、日本企業にとって非常に重要なテーマが出てきます。
それは、今後の日台間における投資・企業・技術・サプライチェーンに関する情報の重要性が高まる可能性です。
現時点で、日本の対日外国投資委員会と台湾の投資審査当局との間に、具体的な情報交換の仕組みがあると断定することはできません。
しかし、両国が経済安全保障を重視し、重要技術やサプライチェーンを政策的に管理するようになれば、
「どの企業が、どの企業と資本関係を持っているのか」
「どの技術が、どの国・地域に移転しているのか」
「重要部品をどこから調達しているのか」
「特定国への依存度はどの程度なのか」
といった情報の重要性は、今後さらに高まると考えられます。
つまり、企業情報そのものがビジネスインフラになっていく可能性があります。
これは、日本企業が台湾へ進出する場合にも、台湾企業が日本へ投資する場合にも共通する話です。
6.ただし、日本は台湾と完全に同じ方向へ進んでいるわけではありません |
ここは冷静に見ておく必要があります。
日本と台湾の政策には共通点が増えていますが、両者が完全に同じ方向へ進んでいるわけではありません。
例えば日本の2026年版防衛白書では、台湾海峡の平和と安定の重要性は引き続き示されていますが、従来の表現から一部変更も見られます。
これは、日本が台湾との協力を進めながらも、中国との関係を含めた外交・安全保障上の複雑なバランスを維持しようとしていることを示す一例とも考えられます。
したがって、
「日本は台湾化している」
と単純に表現するのは適切ではありません。
むしろ、
日本と台湾が、それぞれ異なる事情を抱えながら、共通する国際環境に対応して政策を近づけている
と見る方が実態に近いでしょう。
7.では、なぜ日本と台湾はここまで似てきたのでしょうか |
最大の理由は、米中競争を中心とした国際環境の変化です。
米国は半導体、AI、重要鉱物、先端技術などを国家安全保障と結び付けています。
日本も米国との協力の中で、経済安全保障、重要技術、サプライチェーン、重要資源などへの対応を強めています。
日本政府は米国との経済分野の協力においても、半導体、AI、量子、重要鉱物などを重要分野として位置付けています。
台湾もまた、米国との関係を強化しながら、半導体やAIを中心とするサプライチェーンの強靱化を進めています。
2026年には台湾政府が、米国との投資・産業協力について、半導体、AI、防衛・安全保障、次世代通信などの戦略分野を対象とする枠組みを進めています。
つまり、
米国 → 日本
米国 → 台湾
という二つの関係だけを見るのではなく、
米国を中心とした新しい技術・産業・安全保障ネットワークの中で、日本と台湾がそれぞれの役割を強化している
と考える方が、現在の動きを理解しやすくなります。
8.台湾から見ると、日本企業の「台湾進出」の意味も変わってきます |
ここまでの話を企業活動に落とし込むと、非常に重要な変化が見えてきます。
これまで日本企業が台湾へ進出する際には、
「台湾市場で商品を売りたい」
「台湾企業と代理店契約を結びたい」
「台湾に現地法人を設立したい」
という視点が中心でした。
もちろん、これらは現在でも重要です。
しかし、これからはもう一段大きな視点が必要になります。
台湾は、
日本企業が中国以外のアジア市場へ展開するための拠点
であるだけではありません。
同時に、
半導体、AI、電子部品、精密製造、サプライチェーン、研究開発などにおいて、日本と世界をつなぐ重要な産業拠点
として見る必要があります。
台湾企業が日本へ進出する動きも同じです。
日本企業にとって台湾企業は「仕入先」や「販売先」というだけではなく、技術、製造、人材、研究開発、海外展開を組み合わせるパートナーになり得ます。
9.J&T Consultingが台湾で見ているもの |
私たちJ&T Consultingが日本企業を支援する際にも、こうした変化は非常に重要だと考えています。
台湾市場を見るとき、
「市場規模はどれくらいか」
「競合企業はどこか」
「販売代理店はどこか」
という情報だけでは、これからのビジネスを判断するには十分ではありません。
重要なのは、
台湾政府がどの産業を重要視しているのか。
どの技術を戦略分野として扱っているのか。
どの企業がその産業政策の中に位置しているのか。
日本企業と台湾企業のどこに補完関係があるのか。
今後、どのサプライチェーンが日台連携によって形成される可能性があるのか。
という視点です。
つまり、
「台湾市場調査」から「台湾を起点とした産業・政策・企業ネットワークの分析」へ
視点を広げる必要があります。
これは、台湾で長く日本企業を支援してきたからこそ実感できる変化の一つです。
10.「日本は台湾に近づいている」の本当の意味 |
ここまで見てくると、最初の問いに戻ります。
日本は台湾に近づいているのでしょうか。
私は、単純に「はい」と答えるべきではないと考えています。
日本が台湾の政策を模倣しているわけではありません。
台湾が日本の政策を模倣しているわけでもありません。
両国が直面している環境が変わり、その環境に対応するために、
半導体
AI
重要技術
サプライチェーン
エネルギー
重要資源
外国投資
安全保障
を、一つの政策体系として考える必要が生まれているのです。
その結果として、日本と台湾の政策が似た方向へ収斂しているのです。
そして、台湾は日本よりも早い段階から、半導体を中心にこうした問題を日常的な経済・産業政策として経験してきました。
だからこそ、台湾から日本を見ると、日本で現在起きている変化が少し違って見えるのです。
まとめ――これからの日台ビジネスに必要なのは「点」ではなく「線」です |
今後の日台ビジネスを考える上で重要なのは、一つの企業、一つの商品、一つの市場だけを見ることではありません。
政策 → 産業 → 技術 → 企業 → 投資 → サプライチェーン
という「線」で考えることが重要になってきます。
高市政権の17戦略分野と台湾の13戦略産業。
日本の対日外国投資委員会と台湾の投資審査制度。
日本の半導体・AI政策と台湾の半導体・AI産業。
そして、その背景にある米国を中心とした新しい経済安全保障の枠組み。
これらは、一見すると別々のニュースに見えます。
しかし、台湾から全体を俯瞰すると、一つの大きな流れとして見ることができます。
それは、
「経済と安全保障が分離していた時代から、経済そのものが安全保障の一部となる時代への変化」
です。
この変化は、日本企業の台湾進出にも、台湾企業の日本進出にも、今後大きな影響を与えるでしょう。
J&T Consultingでは、台湾を単なる「販売市場」として捉えるのではなく、日本・台湾・米国を含む新しい産業・サプライチェーンの中の重要な拠点として捉え、日本企業の台湾進出、台湾企業との提携、販路開拓、投資、現地法人設立、産業調査などを支援しています。
これからの台湾ビジネスでは、「台湾で何が売れるか」だけではなく、
「台湾と組むことで、日本企業は世界のどのサプライチェーンに参加できるのか」
という視点が、ますます重要になっていくのではないでしょうか。
台湾から日本を見る。
そして、日本から台湾を見る。
その両方の視点を持つことで、これまで見えていなかった日台ビジネスの可能性が見えてくるかもしれません。
※本稿は、日台両政府などが公開している資料をもとに、実務的な視点を加えて分析したものです。
政府間の非公開合意や情報交換の存在を示すものではありません。
参考・一次情報
本稿では、特に以下の政府・政府系機関の公開情報を基礎として構成しています。
- 日本・首相官邸「令和8年施政方針演説」
- 日本・首相官邸「日本成長戦略会議」関連資料
- 日本・首相官邸「高市内閣総理大臣記者会見」
- 台湾・行政院「台日半導体科技論壇」
- 台湾・経済部「投資審議司」関連資料
- 台湾・投資台湾入口網
- 台湾・国家発展委員会/Asia Silicon Valley & AI Strategy Center関連情報
- 台湾・経済部「A+企業創新研發淬鍊計畫」
